浄土真宗でよく用いられる仏教用語

阿弥陀仏(如来)

浄土真宗の本尊。

西方浄土にあって、大悲の本願により一切衆生を平等に救済しつつある仏。

「阿弥陀」は、梵語アミターバ、アミターユスの「アミタ」の音訳であり、アミターバは無量光、アミターユスは無量寿とそれぞれ意訳される。

 

南無阿弥陀仏

浄土真宗の本尊。

阿弥陀仏の名号。阿弥陀仏の喚び声。

阿弥陀仏の「我にまかせよ。必ず救う」という招喚と、限りない寿命と光明の徳を有する阿弥陀仏に帰命する(まかせる)という意。

 

本願

仏が因位の菩薩であった時に立てられた因本の願いという意。

この願いは、それが完成しなければ仏にならないという誓いをともなっているので誓願ともいわれる。また、衆生救済のための根本の願の意で、阿弥陀仏の四十八願中、特に第十八願を指していう。

 

本願力

阿弥陀仏の本願にかなって成就された衆生救済のはたらき。

「南無阿弥陀仏」のこと。他力のこと。

 

名号

浄土真宗では「南無阿弥陀仏」のことをいう。

 

梵語ブッダの音訳。覚・覚者と意訳する。

目覚めたもの。真理をさとったもの。

自らのさとりも、他をさとらしめるはたらきも完全に窮まり満ちたもののこと。

 

如来

真如より現われ来った者、あるいは真如をさとった者の意で、仏のこと。

 

智慧

真如の理をさとる無分別智のこと。物事の道理を見きわめる認識力。

*真如…かくあること。衆生の虚妄分別を超えた存在のありのままのすがた。

 

慈悲

苦を除き楽を与えること。

衆生を慈しんで楽を与えること(与楽)を慈、衆生を憐みいたんで苦を抜くこと(抜苦)を悲という。

 

他力

自力に対する語。

阿弥陀仏の本願のはたらきをいう。

 

自力

他力に対する語。

自ら修めた身・口・意の善根によって、迷いを離れようとすること。

 

往生

阿弥陀仏の浄土に往き生まれること。

往生浄土の略。

 

浄土

穢土に対する語で、菩薩の智慧清浄の行業によって建立された清浄な国土。

煩悩のけがれを離れた清らかな世界。

阿弥陀仏の浄土は、安楽・極楽・安養などといわれ、娑婆世界の西方、十万億土を過ぎたところにあるという。

 

穢土

浄土に対する語。

煩悩や罪悪によって汚れた、この現実世界のこと。

 

不可思議

言葉で言い表したり、思いはかることのできないこと。不思議ともいう。

特に仏の徳が、衆生の思いやはからいを超え、衆生を自在に救うことのできることを表す。

 

浄土三部経

『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』のこと。

浄土真宗の正依の経典。

 

真実信心

阿弥陀仏より衆生に与えられた、本願力回向の信心。

 

摂取不捨

阿弥陀仏が念仏の衆生を光明の中に摂め、救いとって決して捨てないこと。

 

平生業成(へいぜいごうじょう)

臨終業成に対する語。

第十八願の法においては、臨終に往生が決定するのではなく、平生(へいぜい)に決定するということ。

 

正定聚(しょうじょうじゅ)

必ずさとりを開き、仏に成ることが正しく定まっているなかま。

 

善知識

念仏の教えを勧め導く者。

 

妙好人

念仏者をほめ称えていう語。

 

方便

巧みな方法を用いて衆生を導くこと。

 

衆生(有情)

生きとし生けるものの意。

一般には、凡夫である人間を指す場合が多い。

 

煩悩

心身を煩わせ、悩ませる精神作用の総称。

*三毒の煩悩

 …貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)・愚痴(ぐち)

 

<貪欲>

むさぼり・我欲のことで、自己の好む対象に向かってむさぼり求める心をおこすこと。

<瞋恚>

いかり・腹立ちのことで、憎しみ怒り、心が安らかでないこと。

<愚痴>

(1)真実の道理に無知なこと。

(2)仏教の言葉の意味や教えについて無知なこと。